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夏の風物詩、NHKの戦争特集『戦慄の記録 インパール』

NHKスペシャル『戦慄の記録 インパール』を観た。
新旧の映画『野火』も、日本映画専門チャンネルでオンエア中(こちらはフィリピン戦線が舞台)。良いタイミングですね。

1944年3月。起死回生すべく、イギリス軍に挑む敗色濃い日本陸軍。
物質・食料補給を大和魂でフォローせよと言わんばかりの無謀な高地突破作戦と、名誉のため後に引けなくなった牟田口中将と軍上層部。
多くの兵士を無駄死に させてしまう。
彼らの無責任ぶりも含めた今回のドキュメンタリーは、ひたすら重い。
飢餓による食人についても語られるが、人肉を物々交換・売ってた奴まで いたとはね。
マラリアに罹り前線に放置されたという、牟田口中将の副官(斎藤少尉)の記録。彼は生き延び、戦後 連合軍の捕虜となって生還。96歳で存命、ふりしぼるように語るのがエンディング。
「国家の指導者層の理念に疑いを抱く 望みなき戦を戦う 世にこれほどの悲惨事があろうか」

現地での戦闘に参加したという元英軍人 A・J・バーカー(番組ではアーサー・バーカー中佐と紹介。58年に大佐で退役、実録戦記物の作家に。昔 出ていたサンケイ出版の第二次世界大戦シリーズに収録された著書あり、ダンケルク撤退作戦についての本もハヤカワで訳されてる。うちにも神風特攻隊についての著書がありました)が1962年に、翌年出版する事になる本 The March on Delhi 取材の一環であろう、戦後は沈黙を守ってきた牟田口中将に書簡を送るのだが。
「散々バカにされてきたが、俺の作戦を評価した敵国の人もいる。間違ってなかった」と思わせ、結果的に晩年の自己弁護に走らせてしまったのって、罪深いなぁ。
だって、書簡受け取りから中将の死(1966年、77歳没)まで、たった4年ですからね。 黙したまま中将が亡くなっておれば、番組のエンディングも変わっていたでしょうに。

それにしても、純粋培養された日本軍人である中将、英語が堪能だったのか?
作戦を評価したA・J・バーカーの書簡、イギリス人独特の皮肉が含まれていたかも。
中将は、「我々イギリス軍を勝たせてくれた敵司令官」ですからね。

あと、当時を知る現地の人たちが、高齢だが若々しいのにビックリです。
インド奥地では、ときどき「120歳を超えた老人発見」というニュースが報道されますが、「戸籍もないし、眉ツバだよ」と頭から否定してはいけないのかも。
日本兵の幽霊もよく見るよ、って言ってましたね。本当にいるかも。

朝ドラ『ひよっこ』のビートルズ狂・宗男おじさんは、この作戦の生き残りという設定。
おじさんが生きていれば、今回 証言した兵士たちの年齢になっているんだな。

※ 現地調達した牛に荷物を運ばせ、食料としても利用する「ジンギスカン作戦」を立案して大失敗の牟田口中将。
戦後、中華料理店「ジンギスカンハウス」を経営したという記事がネット上にあるけど、悪い冗談みたいな話。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

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